2009年06月14日 22:24
「・・・ドイツの森は、はてしもなく深い。木々は、高くたくましく、まさに大自然そのものだ。この木立のなかを歩いていると、忘れていた何かを感じさせてくれる。勇や未来も一度、ここにきて深呼吸してみるといい」
建設会社の橋梁技師をしている父は、一年前、西ドイツのミュンヘン市に単身赴任した。
その父から手紙がとどいたのは、六月のはじめだった。
「どうして霧ができるか知っているかい?」
「空気が冷えて、地表の水蒸気がかたまるからでしょ」
ぼくはあくびをした。
「科学的にはそのとおりだ。でも、ヨゼフ老人にいわせると、霧がでるのは森が生きているせいだってさ。一種のためいきみたいなものらしいよ」
「ためいき?」
「そうさ。やれやれ、またへんなやつが迷いこんできたわい、っていうふうに」
父はそういって笑った。