ホテルカクタス
「世の中は変わっていく。ばあさんは死んだし俺は旅に出た。帽子ってものは、ひとところに安住していられるものじゃないんだ。そんなこと、俺はとっくの昔に知っていたのに、ここんとこ、どういうわけか、忘れていた」
(HOTEL CACTUS 不変なるものより引用)
ホテルカクタス
著者 江國香織
出版社名 集英社
出版年月 2004年6月
ISBN 978-4-08-747709-2
税込価格 540円
分類 文庫/日本文学
[簡単な内容の紹介]
街はずれにある古びた石造りのアパート「ホテル カクタス」。
その三階の一角には帽子が、二階の一角にはきゅうりが、一階の一角には数字の2が住んでいました。
三人はあるきっかけで友達になり、可笑しくてすこし哀しい日々が、穏やかに過ぎて行きました……。
メルヘンのスタイルで「日常」を描き、生きることの本質をみつめた、不思議でせつない物語。
佐々木敦子さんの挿し絵がとっても綺麗で、世界観にじっくりとひたる手助けをしてくれます。
こんにちは。
スタッフのNです。
この物語でまず印象的なのが、三人の主人公。
帽子ときゅうりと数字の2の物語、これを聞いただけではなんだかよくわからないシュールすぎる物語だと皆さんお思いになることでしょう。
そこで、簡単に彼らのひととなりをお話しいたします。
帽子は、無職で、かつて行商で貯めたお金で、ほそぼそ食いつないでいて、大変たくさん本を読み、掃除をする習慣がなく、ウイスキーを好み、カメを飼っている。そのカメの名はすべて女の名前。ハードボイルドな帽子です。
きゅうりは、たいへんな親孝行者で、ガソリンスタンドに勤めていて、とってもおおらかな性格で、飲むならビール。暇な時には体を鍛え、身も心も真っ直ぐなので椅子に座ることができない。憎めないきゅうりなのです。
数字の2は、役場に勤めていて、とっても優柔不断で、友達もなく、神経質なほど綺麗好きで、割り切れないものが苦手。アルコールは飲めないのでいつもグレープフルーツジュースを飲んでいる。ちょっと気弱なかんじです。
このまったく性格が似ていない、共通点もない三人はとあることから友達になります。
友達っていうのは性格が似ていても素晴らしいですが、違っていてもまたおもしろいものですよね。
次第に打ち解けていき、そのうち友人をいとおしむ彼らの様子は、私たちをあったかい気持ちにさせてくれます。
そしてもうひとつ印象的なのが、物語の舞台であるホテルカクタスの取り壊しです。
誰もが体験したことのある、出会いと別れ。
出会いも必然なら別れも必然にやってきます。
取り壊しがわかったとき、きゅうりは前向きに引っ越しを考え、帽子は、古い友人のような無常感に久々に出くわし、数字の2は、彼らしくなく勇気を出して反対運動をします。
しかし、反対運動もむなしく、ホテルカクタスは取り壊されてしまうことになりました。
変わらないものなどひとつもないのだ、それはあたりまえの世の流れなのだ、とこの物語を読み返すたびに、まるで帽子のように無常を感じます。
ぼんやり生きていると、毎日が同じように見えてくるし、慣れた友人と別れる日が来ることなど思いもしません。
読み返すたびにラストで哀しい気持ちになるのは、私がついうっかりこの世に不変なるものはないことを忘れてしまっているからです。
ホテルカクタスが取り壊されこの物語は終わってしまいますが、三人がまたきゅうりの部屋に集まるとき、また別の物語がはじまります。
ものごとが変わること、それはほんとうは哀しいことではなく、何か新しい物語へのスタートであることを、心に留めておきたいですね。
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