とるにたらないものもの

ながしょ

2008年12月11日 08:00

とるにたらないものもの

著者 江國香織
出版社名 集英社
出版年月 2006年5月
ISBN 978-4-08-746039-1
税込価格 440円
分類 文庫/日本文学




緑いろの信号

信号の緑は青みがかった緑だが、たまに青くない緑の信号がある。歩行者用の信号ではなく、三色の、車用の信号のなかにある。そういう信号の信号機はたいてい古ぼけているので、たぶん、型のふるいものなのだろう。すこし舐めて小さくなった飴玉のような、浅い感じの緑だ。
私はその緑の信号が好きで、ときどきとても見たくなる。

(とるにたらないものものより引用)
「信号」にまつわるあなたのエピソードをきかせてください
と言われたら、あなたはどんな話をしますか?

私だったら、いろは関係なく信号は子供の頃からなんとなく恐ろしい人工物です。
それが古びて錆び付いていたり、風やなんかでちょっと傾いたりしていたらなおさら。
妙に低い位置にある信号も、縦に取り付けてある信号も、見かけるたびにびくりとします。
どうも信号が目のように見えてしまい、ある信号は横目でこちらをじろりと見ているような気がし、ある信号は上目でこちらを睨み付けているような気がして恐ろしいのです。

あなたはどんなエピソードを思い浮かべましたか?
私のとは違う、あなたのエピソードが浮かんだことでしょう。
このように「信号」一つをとっても、そこにはあなたにしかないエピソードがあり、それはあなたにとって大切なかけがえのないものだと私は思います。

この本は江國さんの「もの」にまつわる想いや記憶がぎゅっとつまったエッセイ集です。
緑いろの信号から始まって、運動靴、化粧おとし、フレンチトースト、箒と塵取り、食器用スポンジ…ととるにならないけれど、かけがえのないものにまつわるエピソードたちが行儀よく静かに佇んでいます。
どれもこれもが、江國さんをつくりあげた江國さんだけのエピソード。
素敵だなぁとうっとりしながら、時には笑いながら読み終えました。

読み終わって思うのは、ものにまつわるエピソードには、その人の人生や性格なんかが濃厚に映し出されるのだなぁということです。
私も時々、ものについてノートにつらつらと文章を書きます。
日記だと続かないので、思いついたときに好きなだけ書きます。
だいたいは欲しい本とか、街やネットでみかけた素敵なもののメモのような感覚ですが、後で読み返すと、あの時自分はこんなものが好きだったのか、とか、こういう気持ちでいたからこういうものにひかれたのだな、というようにいろんなことが読み取れて面白いです。
自分を客観的に知る、一つのツールのような気がします。

あなたはどんなエピソードを、人生でつくり上げてきましたか?
それはきっと、あなた以外の誰にもつくれない、とるにたらない、けれど、かけがえのない素晴らしいエピソードなのです。
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