シグナルとシグナレス
「さあ一緒に祈りましょう。」
「ええ。」
「あわれみふかいサンタマリヤ、すきとおるよるの底、冷たい雪の地面の上にかなしくいのるわたくしどもをみそなわせ、めぐみふかいジョウジスチブソンさま、あなたのしもべのまたしもべ、かなしいこのたましいのまことの祈りをみそなわせ、ああ、サンタマリヤ。」
「ああ。」
星はしずかにめぐって行きました。そこであの赤眼のさそりが、せわしなくまたたいて東から出て来そしてサンタマリヤのお月さまが慈愛に満ちた尊い黄金のまなざしに、じっと二人を見ながら、西のまっくろの山におはいりになったとき、シグナルとシグナレスの二人は、いのりにつかれてもう睡って居ました。
(新編 銀河鉄道の夜 シグナルとシグナレス P100-P101より引用)
ちょっとだけ解説を。
シグナルとシグナレスは、当時の岩手軽便鉄道のシグナル柱です。
わかりやすくいうと、電車用の信号機でしょう。
最新式の立派なシグナル柱で、少し気が短くおっちょこちょいな若者シグナルと、木で出来た旧式のシグナル柱で、気弱で健気だが芯の強いところもあるシグナレス。
「シグナルとシグナレス」は簡単に言ってしまえば、この二人(二機)の美しく可憐で切ない恋物語なのです。
恋物語。
私は恋愛が中心の話というのは苦手なのです。
しかし、どうしたことかこの「シグナルとシグナレス」はすごく好きになってしまいました。
文章がとても美しいのです。
びろうどの夜の闇に浮かぶ信号の明滅、夜空で瞬く赤眼のさそり、サンタマリヤのお月さま、シグナレスがたびたび見上げる昼間の雲の流れ。
それらの美しい描写が、読者をぐいぐい宮沢賢治の世界に引き込みます。
脳裏には岩手軽便鉄道の代わりに、読者が良く知る某駅(田舎の駅だと尚良い)が浮かび、そこにはシグナルとシグナレスが切ない小さなため息をつきながら存在しているような気がしてきます。
田舎の夜の駅を利用することがあったなら、その静寂に耳をそっと澄ませてみてください。
シグナルとシグナレスの祈りが聞こえてくるかもしれませんね。
新編 銀河鉄道の夜 より
シグナルとシグナレス
著者 宮沢賢治
出版社 新潮社
ISBN 978-4-10-109205-8
税込価格 420円
関連記事